青春の蹉跌 ダンパ編

今朝の体重は前日のサボりで、0.9kg増の66.7kgでした。PM7:40より、疲労抜き10kmジョグ。気温8℃で風なし、50:16(キロ5:02)で平均心拍数は160bpmでした。12日にキロ4:35で走った時も平均心拍数は160bpmでした・・・、ペースが違うのに心拍数が同じ・・ヤッパリ疲労なのかな?そういう体質なのかな?心拍についてはデータ不足と知識不足で判断ができません。更なる研究が必要ですネ。

さて本題、私が鹿児島大学に入学した頃には、各サークルが持ち回りでダンスパーティを開いておりました。長期休業時を除く毎週土日のPM6:00~9:00に、教養部のホールで社交ダンスがメインでディスコタイムありというカタチでした。何故かは知りませんが、社交ダンスが流行っており、主催サークルはダンパ券を300円で売りさばいて(周辺の短大や看護学校にも)活動資金を稼いでいました。つまり・・かなりの盛況だったんです。

入学・入寮して間も無く、ダンス講習会なるものが、寮の談話室で開催されました。先輩が手ほどきして、初歩のステップなど教えてくれました。最初は意味が分かりませんでしたが、そののちにダンパに連れて行って貰い・・圧倒されました。多くの人、大音量の音楽、所狭しと踊る男女、そして男性のお誘いを待っている女性達。(ダンスのお誘いですヨ)
男子校で部活と受験勉強に明け暮れ、通学は自転車をブッとばし・・全く女性と関わることの無かった私にはすごいカルチャーショックでした。
社交ダンスのダンパでは、男性が女性を誘うのが義務なんです。そして女性は「あまり踊れませんから・・」と遠慮する場合はありますが、基本的には断りません。つまり女性をチャンとリードして踊れ、さらに踊りを教えられるほどであれば、ダンパに来ている女性(男性同伴は除く)は、誘って、踊ってあげないといけないのです。チョット傲慢に思われるかもしれませんが、こう思う事で、女性を誘う恥ずかしさや断られた時の恥ずかしさを感じないで済むのが、恥ずかしがり屋の私には絶好でした。(笑)

1年目は、時々は寮の同級生と一緒に行きましたが、基本的には一人で行ってました。(私ほどダンパにハマった同級生はいませんでしたし、同学部の同級生にもあまり興味をもつ人はいませんでした。)空手部に入っていた時も土曜の練習後に、料理屋のアルバイトも土日のPM6:00~9:00のダンパの為に友人とペアで雇ってもらい、その時間は友人に働いてもらえるようにしました。ダンスは正式には習っていませんが、他の人が踊るのを観察し、実践の中で覚えました。
2年目は料理屋のバイトは辞め、その友人(M君)と一緒にダンパに行くようになりました。M君を引き込んだ訳ですが、彼に私がダンスを教え、彼は私の人間関係を広げてくれました。私はストレートに狙った(笑)女性としか話さなかったのですが、彼はダンパの常連さん達と友達になり、結果として私も友達になるのです。
3年目、4年目とだんだんとダンパに人が集まらなくなりました。流行は終わろうとしていました。社会人のダンス友達の紹介で天文館(鹿児島市の繁華街)のダンスホールにも行くようになりましたね~。
ダンスホールにて
奥の左に頬杖ついているのが私。ダンス友達とダンスホールにて。

映画「シャル・ウイ・ダンス」やウッチャン・ナンチャンの芸能人社交ダンスクラブやTVのシャル・ウイ・ダンスなどで社交ダンスが取り上げられる事がありましたが、若い人の間ではマダマダ偏見があるが、やってみるとダンスそのものが楽しくなる。映画「シャル・ウイ・・」で描いている通りだと共感できます。
でも沢山の女性(男性もですが)と知り合えたのも事実です。社交ダンスが流行っていて、それと出会えた事は、大学生活のオアシスでした。出会えてヨカッタ~。(笑)

2 件のコメントがあります。

  1. 2010 年 2 月 16 日 8:06 PM | このコメントのURL

    こんばんは!
    「天文館」懐かしか~~。
    鹿児島市内に行く事も滅多になかったけど、行くと”白クマ”食べてましたね~。
    鹿児島は、高校までだったので流石にダンスはないですね...

  2. 2010 年 2 月 16 日 11:23 PM | このコメントのURL

    U51さんへ、コメントありがとうございます。天文館は鹿児島市の中心ですから、アルバイトで行ったり、遊び(映画・ダンスホールなど)に行ったりしていました。白クマは有名になりましたネ~。(笑)

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