昨日の続きです。
彦島トンネルの中から傾斜が始まっているのですが、トンネルで暗いせいかあまり気になりません。トンネルを抜けてからが彦島大橋の傾斜本番が始まったように私は感じました。そして、正直言ってこの傾斜そのものはあまりきついとは思いませんでした。というのは普段私が走っている近所の団地を4つ跨ぐコースの方がはるかに傾斜がきついからです。ただ、彦島大橋は長い!ダラダラといつまで続き、どこが頂点なのかわからずに走っていると、心が折れるかもしれません。このあたりから歩く人もけっこう見かけるようになります。マップを見る限り、彦島トンネルを抜けてからでも1.5kmくらいは上りが続いていますので、来年走ろうと思っている方はそのおつもりで!
22kmのラップは5分51秒、そして22km過ぎて橋の頂点にかかると折り返し地点長州出島が靄にかすんで見えます。靄に関すんでいるせいかやけに遠く見えますが、あそこまで走っていくなんて信じられません。
23km5分19、24km5分20、25km5分12、この5kmは27分13秒。上りがあった割には落ちていません。橋の頂点から24kmまで下り。24kmから少し上ってまた25kmまで下り、26km手前までほぼ平坦。そして24kmあたりで早くもイノシーさんとすれ違い!ドンだけ早いんだよって感じですねえ。かじ鹿歯さんも見つけることができて手を振りました。やっぱり上位の人は周りに人も少なくて見つけやすいです。逆にこのお二人が私を見つけるのは大変そうですが。
26km5分41秒、27km5分33秒。26km手前から27km手前まで再び1kmの上りが襲ってきます。卑弥呼さんからの、前半とにかく頑張らないようにという助言を守ってきたおかげで、まだここまではかなり足に余裕がありました。しかし、まだまだ頑張ってはいけないと、上りは淡々と、下りはスピード抑えて、を心がけた結果ほぼイーブンで走れています。
そしてうれしいことに家族がここまで応援に来てくれていました。JRに一駅乗って、さらにタクシーできたそうで、同じような応援をしている方が他にもいらっしゃったらしくタクシーも相乗りでこれたそうです。
28km5分38秒、29km5分05秒、30km5分33秒。この5kmは27分30秒。いよいよ長州出島の折り返しです。ここの橋の手前でyasuさんを見つけることができて声をおかけすることができました。長州出島の中はフラットで折り返し直後のエイドにソーメンがありました。これだけは必ず食べようと思っていたので、迷わず一つとって流し込みます。ソーメンを一口ずつ紙コップに入れてつゆをかけてくれていて食べやすかった。塩気が身体にしみます。スポドリや水の給水のあとにソーメンがあり、そのあと更に水の給水が設置されている。分かってらっしゃる、すばらしいエイドです。今更ですが、本当にこの大会における運営、ボランティア、沿道の応援、全てすばらしかったです。
31km5分46秒、再び上りが始まります。ここからは未知の世界、練習でも走ったことの無い距離です。果たしてあと11kmも走りきれるのか。そろそろ脚に疲労もたまってきたらしく、裏側の筋肉が少しピクピクし始めました。ここまでサブ4ペースで走ってきたにもかかわらず、脚をつらせて立ち止まる人、歩く人がかなり増えてきました。他人事ではありません。壁はどこでやってくるのか?足の痙攣は?再び家族の応援を受けてゴールを目指します。空腹を感じてきたので、ここで二つ目のピットインゼリーを食べます。
32km5分21秒、ここは下り。33km5分44秒、少しフラットな区間。そして最後の難関、復路の彦島大橋の上りが始まりました。
34km5分58秒。これでいい。とにかく上りはラップを気にしない。ふくらはぎの筋肉が張っているけどなんとか抑え込まれています。カーフタイツのおかげか?しかし、太もも裏が痙攣を始めているような?と思っていると、急に両脚、太もも裏が攣りました。足を突っ張らせてコースから外れて上体を倒して伸ばします。あと7km。まだまだ距離もあるし、アップダウンも残っているのに。ここまでか?立ち止まっていたのは20秒くらいでしょうか?なんとか走れそう、走りたい、足をそろそろと動かすと、何とか動きます。35km6分27秒、30~35kmは29分16秒かかりました。
36km6分15秒。脚の筋肉を使わないように心がけて走っている間にいつの間にか上りは終わっていました。ここからMIKANマラソンの経験が生きてきます。あの時も5kmを痙攣させながら走りきったのです。それより少し長いだけ。脚の筋肉を使わず。腕を振って骨盤を回転させて走ることを心がけた結果、なんとか脚の痙攣を抑えて走れています。ただ、右側の膝、左足足首といった脚の他の部分が痛くなってきました。特に左足首はレース前から不安だった内側だけでなく、外側のくるぶしの下や甲のあたりも痛くなっています。しかし痛いだけなので、我慢すれば走ることはできます。
37km5分15秒、足を使わない走り方に慣れたのか、下りのせいか、再びラップが上がりました。最後のピットインゼリーを食べてラスト5kmに備えます。このあたりでは、もしここで痙攣や壁があらわれた場合、どこまでラップを落とせるか、という計算を何回もしていました。ここからなら6分30秒までラップが落ちてもサブ4、ここまできたら7分かかってもいける、と。脚がどこまで持つか分からなかったため、失速した場合の計算を1kmごとにしていました。しかし、意外なことに体力は十分残っていたので、痙攣の不安さえなければロングスパートができたくらい気力、体力はみなぎっていました。今考えると、アドレナリンが出まくっていたのかなと。しかしラッキーなことにこの初フルでは、最後まで体中の力が抜けるような、いわゆる◯◯kmの壁というのは訪れませんでした。ゼリーが効いたか?毎日がカーボローディングの食生活のおかげか?
38km5分30秒。彦島トンネルを抜けて、沿道の応援が多いところへ出てきます。本当にありがたい。最後の小さな上り関彦橋を越えて、39km5分44秒。ここからはもうフラットです。見上げれば海響ゆめタワーがもうすぐ近くまで迫っています。
40km5分32秒。この5kmは28分16秒。あいかわらず脚は痙攣を始めようとしていますが、体力は残っています。ここでスパートをすべきか?しかし、ここで脚を完全に攣らせて目前まで迫ったサブ4を逃すのが怖くて、最後までスパートらしいスパートはせず。そういえばトイレ行くのを忘れてた!結局4時間近く我慢してしまいましたが我慢できたからよしです。
41km5分28秒。しかし脚が痛い!特に左足首が。でもここまできたら完走とサブ4は確実です。ここまで長かったような、短かったような。持久走を最後尾でトボトボ歩いていた肥満児小学生だった自分に、2年半前の体重95kg体脂肪率30%オーバーの中年だった自分に、5年前のヘビースモーカーだった自分に、41歳になってフルマラソンを完走できる、しかもサブ4だと教えてやったらどんな顔をするだろうか?そんなことを考えていると、ちょっと一人でうるっときてしまいました。
いよいよ会場に戻ってきました。あともう少し。ここで私の名前を呼ぶ女性の声が、見てみるとなんとままきのさんじゃありませんか!両手を挙げて応えます。ありがとう!今回は残念だったけど、次はきっと楽しく走れますよ!
卑弥呼さんにいただいた「楽しんで走ってください、楽しめば結果はついてきますよ。」というお言葉をここで思い出しました。楽しかったです!楽しみましたよ!スタート直後は緊張でどうしようかと思っていたけど、その緊張感や、この高気温、アップダウンが続く難コース、沿道の応援、すれちがうランナー達、そしてサブ4という記録への挑戦、完走したと胸を張って言えるレース、全て楽しめました!
42km5分21秒。そして角を曲がるとゴールは目前。きっと満面の笑顔だったと思います。両手を挙げてフィニッシュ!3時間53分1秒。振返ってコースに一礼し、私の初フルマラソン挑戦は終わりました。
以上で、私の下関詳細レポは終了です。長々と読んでいただいた方、ありがとうございます。まとまりも文才もなくてすいません。
41歳の初フル挑戦はなんとかサブ4を達成で終わりました。決して速くは無いですが、一応これで昔の自分には勝つことができたかな。
フルマラソンを走った人の多くが、走り終わった直後はもう二度と走りたくないと思い、そして数日のうちにリベンジしたいという気持ちに変わるらしいのですが、意外にも、私は早く次のレースを走ってみたいという気持ちでした。今回のレースでは壁を経験しなかったからかも?しかしながら、私の体重、体型でフルを走るのは脚にとってはかなりダメージがあったのか、いまは一歩も走れる状態ではありません。ウォーキングも難しい状態です。とりあえず今は休んで故障につながらないようにしなければ。足首はちょっともうやばいかも?
繰り返すようですが、下関でお会いできたQブロの皆さん、アドバイスやコメントをくれた皆さん、下関海響マラソンの運営スタッフ、ボランティア、沿道で応援をくれた市民の皆さん、本当にありがとうございました!
ゴール後の話や下関観光の話は時間があればボチボチ書いていきます。