気づけば10月も終わり、下関まであと数日となってしまいました。
10月の走行距離は230kで、意図的に練習量を落としているのでこんなものかと思います。
初フルを前にして、火曜日には卑弥呼さんに紹介してもらった鍼灸マッサージで悲鳴が出るほどほぐしていただきましたが、そこでも先生に「この筋肉の付き方はスプリンターですね。」と言われました。
以前、ヒロヒロさんもご自分が長距離には向いていないと書いていらっしゃいましたが、私も鍼灸マッサージの先生がおっしゃるように向いていません。そもそも体型というか体重が、かなり重たいです。まあ体脂肪率がまだ14%なので、もっと減らさないと話にならないのはもっともなのですが...
思えば、私の子供の頃は太っていたということもあり持久走は常にドベ争いでした。腕力はけっこうあったし短い距離はまあまあ速い方でしたが苦しいことは苦手で、高学年になってやっていた学校の周りを走る冬の体育の時間の持久走は最後をとぼとぼ歩いていました。
中学生になり陸上部に入りましたが、練習がきつくついていけないことや先輩との折り合いが悪く1年でやめてしまい、学校の授業で行われる1500m走も相変わらず遅くクラスでも半分以下でした。
高校になり再び陸上部に入りました。中3の夏休みにこのままじゃいけないと毎日5キロくらい走りこんでいたおかげで痩せて体力も付いていました。そのため高校のきつい練習メニューも最初からこなせて、友人、先輩、恩師等人間関係にも恵まれ、遅いながらも短距離走者として3年の引退まで楽しくクラブを続けることができました。
そもころは、短距離とはいえ、毎日高負荷で走ることを続けるために、体力テストの1500m走で5分を切れる程度の持久力にはなっていました。そして高2のときの10km校内持久走大会では、前年、長距離用の練習を全くしておらず、45分近くかかってしまった反省から、シーズンオフに走り込みをしたおかげで、38分9秒、450人中19位という結果で走ることができました。
今の私のレベルから考えれば10km38分9秒なんてすごく早いタイムで、もう2度とこのタイムでは走れないでしょうが、駅伝の強豪高校で無いとはいえ県内で一桁にはなる駅伝部長距離のやつらはもっと早く、トップ集団は32分、一番遅くても35分では走っていたし、短距離やサッカー部でも36・37分台がいたので決して早いとはいえません。でも、持久走が遅かった自分にとっては20位以内というのがうれしくてうれしくて、ゴール後ガッツポーズをしました。
そのとき思ったことは、確かに自分は長距離向きの体型では無いし、得意でもない。でも努力することで、周りはともかく自分自身の記録は必ず伸びるという喜びでした。
そして40を過ぎて再び走り始め、1キロ走るのに6分以上かかって座り込むような有様でしたが、なんとかかんとか、この1年4ヶ月で3500キロ以上走りこんできました。年初めには故障で何ヶ月も全く走れない時期もあり、また、今夏には暑さのため練習やレースでも熱中症で走れないという地獄も味わいましたが、40代中年サラリーマンランナーとしては、忙しい中、レベルは低いながらそれなりには努力したと思います。
ここまでそれなりに努力できた要因は、長距離はやればどんな人間でも必ず伸びるという確信と、ブログを書き始めてからのみなさんからの応援やアドバイスが大きな力となったことです。
高校生や20代前半の自分の記録には何一つ2度と勝つことはできないでしょうが、当時の自分はフルはもちろんハーフも走ったことはないわけで、完走すればそれだけで自分に勝ったことになります!
相変わらず、長距離は苦手で、距離が長くなるほど記録も順位も悪くなるのですが、まだたった1年ちょっと、走り始めたばかり。この先も楽しく走り続けられるよう下関も楽しく走ります。
もちろん自分にとって、楽しく走るというのはゆっくり走ることではなく、低いレベルでも自分なりの努力をして練習を積み重ねて、大会で自分の限界に挑戦することが楽しく走るということです。遊びでも趣味でも、真剣にやらなくちゃ面白くないですからね。
もちろん皆さんにお会いできることも楽しみにしています。!