娘の靴を買う

昨年末、高校3年生になる娘のジョギングシューズを買った。

何を考えたのか、昨年12月頃から歩き始めた。時々、お母さんも駆り出されているようだ。

ちょっと聞いてみるとやはりいまどきの女の子、少し冬のウェートオーバーが気になるようである。

しかし、それだけでもないようだ。よくよく、探ってみると…

何か、自分自身に自信がもてるような何かを見つけたいと思ったようだ…。

何でもいい…自分自身が打ち込んで努力が成果となって達成感があじわえるような何かが欲しかったようだ。そこで、考えたのがランニング。父である私の日々のランニングの継続する日々を見て、また先日の加古川マラソンを見て思ったようだ。

自分もできるだろうか…?と思ったようだが、「それは、お前が一番よく知っているだろう?お父さんは、30分のウォークから始めた。初めは50メートル走っては、歩きまた走りをずっと続けて、そして10分連続して走れるようになり、そして30分、40分、50分、1時間と進化してきたことを。」

「努力したらその分成果となって現れるのがランニング。頑張れば、フルマラソンだってはしれるようになる。」と…。

嬉しかった…。娘がそんな風に考えてくれていた事に…。

それで、スポーツ店で買ったのがこの靴。(ゲルカヤノ)ちょっと高かったけど、思わず奮発してしまった…。

春から大学生で大阪に行くが、「お父さんの夢は、お前と大阪マラソンをはしることだ。」といったら、「また、どうせ落選するわやぁ。」だって。でも、それが実現できるように、一緒にジョギングを機会を見つけてやっていきたい。

 

加古川マラソンでついに念願のサブ3.5達成!

スタートが9:45と早いレースなので前泊することにした。今回はお母さんに高3の娘も参加。3人で外泊する事は、これで最後かもしれないので少しリッチに??とホテル日航姫路のトリプルを予約した。

ホテルからはJRで出発。加古川駅には8:05頃着いた。すぐにシャトルバスの乗り場へ行ったが結構列がつながっていた。少し待ったがそんなにストレスはなかった。会場には10分程度で着いて、すぐに受付してナンバーカードをもらう。チップはナンバーカードに装着するもので、靴に着けるよりいいと思う。ナンバーカードをお母さんにつけてもらい、トイレに行く。トイレはまぁまぁの列でそんなに待たなくて済む。

すぐにジョグをしてストレッチをする。汗ばんできた程度で済ませ、勝負服に着替えてサバスのゼリーを食べた。これが、悪かったのか、お腹が膨らんできて結構満腹感。ホテルの食事から2時間たったので少し入れておこうか?と思ったのが間違いだった。最初10キロくらいまでずっとお腹の気分がわるかった。
スタートは9時45分だが、登録選手が先にスタート。時間差で一般選手となっている。一般はタイム順のような規制はない。だから好きな用、いいようで悪いような気もする。申告タイム順にしてもウソのタイムを申告したら一緒だから。でも、今後ランニングブーム一層拍車がかかるなら、そのあたりも検討しなくてはいけないだろうと思う。大会関係の方は、その分過去おレースタイムなどを確認し検証しなくてはいけないとなると余計なストレスを感じるだろう。しっかりと自己の実力と目標タイムを考えて適正なポジションに並ばなくてはいけない。

スタートがいつなのか?号砲がわからない。聞こえない。だからストップウォッチが適当に押さざるを得なかった。そのあたりを考えて欲しい。

一生懸命取り組んでいるランナーにとってやはり1秒でも早く目標クリアしたいもの。
スタートして8キロくらいまでは、右に左に位置を変えて抜いて抜いて抜きまくる。やっと落ち着いて走れるようになったのは10キロ過ぎてから。


前日までは、この冬一番の冬型ということで、風が心配であったが、そこまで強いときはなかった。やはり一番気になったのが路面。特に対岸にわったてからの路面の悪さが気になる。足が疲れてからのこの路面の悪さに足を取られ、デコボコで足を突く突起で痛みを感じ、フォアフットに走法を変えたので路面には非常に神経を使った。河川敷なので市行政が勝手に補修できないので仕方ないかも知れないが…。

それとラップタイムをとってほしい。せっかく公認コースで走るのだから5キロごとにとってほしい。(福知山のように)まぁ、時計をもっているのだからそれでとりゃーいいといったらそうだけど、でもあれがあるのとないのでは大違い。せめて10キロ毎+ハーフポイントくらいはお願いしたい。

ほかは、言う事無し。今回初めて給水ボトルを持たないで走ったが、給水で十分賄えたし、給食も利用しなかったけどよかったと思います。
何よりもいいのがフニッシャータオル。これはいいですね。レースが終わって加古川駅でも誇らしげに首に巻いている方が多かった。

目標だったサブ3.5。(3:29:16)健康のため歩き出した2年3ヶ月の自分からここまでマラソンが走れるようになるなんて想像も出来なかった。

マラソンは人生そのもの、とよく言われるがそのことを実感する。何かを始めるときの勇気、それを継続する忍耐力、目標設定してそれをクリアするためにどうしたらいいかを考え実行する行動力、そしてレース当日苦しみに耐えて、痛みに耐えて頑張る気力、辛抱。そういうことが、すべてから見合って達成できたサブ3.5だと思う。

あと、家族の協力、レース当日の役員の皆さんの献身的な応援があったからこそ。ホントに、マラソンで物事の考え方、人生とはなんぞや、をこの年になって改めて認識させられるこのごろです。次なる目標をセットしまた、今日から仕事もマラソンも頑張っていこうと思った。

えっ!ホント? 2012年大阪・神戸マラソン同日開催!?

報道によると、第2回開催となる大阪・神戸両マラソンは来年の開催を11月25日に決定したとのこと。

人気の都市型マラソン。どう考えたらいいのでしょうか?私のような、大阪・東京・京都と3大会連続で落選したような者は、どちらかにエントリーすることにより抽選倍率が低くなる事を期待したいのか、はたまた、どちらにもエントリーして2つとも出場が決まったら、どちらかいいほうに出たらいいや、と割り切るのか?しかし、どちらも決定した場合、どちらかは出場できないのだから、落選した方のことを思えば、ちょっと自分勝手な考え方になると思う。

それと11月23日は福知山マラソンの開催日。福知山は2回連続の出場で、しっかりと運営され安心して走れ、しかも応援サポート・声援もある。なかなか、捨てがたい大会…。いったい、どう考えたらいいのだろうか?

まだ、先のことだから、わからないけどすこしでも最も走りたい大会に出られるようなことになったらいいなぁ…。と思う。

しかし、どうして同日開催に?調整不足だったのか?そうなら、ちょっとがっかり…。そのあおりをモロにうけると予想される福知山はいい迷惑?…ではないか? 

今年の京都マラソンの抽選決定が1ヶ月遅れるようなことにならないようにしてほしい。遅れたことにより、篠山にもエントリーできず…

大阪・神戸に落選、福知山にもエントリーできず…。と言う事にならないようにしてほしいな…

 

京都マラソン…落選…!

11月25日、仕事から帰宅、わくわくしながらパソコン起動。メールチェックを行うと…。

ウーン、飛び込んできたのは…落選… の2文字。 またかぁ… クソー。

思い直して、ランネットで篠山ABCを見ると…。そでに定員オーバーで締め切り。

2次募集もナシだった…。

この無念さを加古川でぶつける、福知山で出来なかったサブ3.5を必ず実現するぞ!

 

福知山マラソン 自己新達成も…サブ3.5成らず…

前夜11時前に就寝。すぐに寝つけたが、午前3時に目が覚めてしまった。
それから、横になっていたがいろいろなことを考えていた。
そうする、5時頃になったので、起床。すぐに、お餅を5個焼いて砂糖醤油
で食べる。納豆と味噌汁をおかずに仕上げは低脂肪乳とオレンジジュース。天気が気になり、テレビをつけてみると
たぶん大丈夫であろうと思った。
家を出発したのは6:50分頃だった。いつもと同じ、お母さんと二人で。
会場に着いたのは8:10頃。若干駐車場に入る手前で渋滞があったが、気になる
程ではなかった。


会場まで、15分くらい歩いて、すぐに選手受付にいく。すると「●●さんガンバッテください。」と言ってくれた。えらい、サービスえーなーと思ったら、職場の知り合いが丁度選手受付の担当で、えーっ!とびっくりした!の連発となってしまった。
天気がよくなったのですし詰めの体育館の中には入らず、外でシートを引いて荷物を置き、8時30分になったので、軽くおにぎり1個と黒糖蒸しパンを一切れ食べ、アミノバイタル500ミリで流し込む。ぼちぼちアップでもしようか、と思い全日サポートしてくれたファイテン取扱店の●●さんにもらった、秘密兵器を飲んだ。よし!これで今日はサブ3.5と心に言いきかせた。三段池を1周してストレッチ。それからまた1周のアップして勝負服に着替えていざ出陣。今年のチップはいつもの違って非常に簡単に付けられてはずせるものに変わっていた。グッド。
ちょっと早いかなと思いながら9:50になったのでスタートポジションにつく。それが、ミスだった…。少し寒かったので徐々に〇意を感じてきた。これはヤバイと思いながらいまさらトイレに駆け込むことはできない…。ウ-んクソーと思いながら。スタート時間を迎えてしまった。

スタートして走り出すと、ヤバイと思った〇意がさらに強くなった。これは、早い段階で〇〇ション??。やむなし…。みなさんゴメンナサイ。で観衆が多くなったらできないので、ちょっとした小屋の裏手に回ってしてしまった…。神様のバチが当たったのか、サポーター、タイツ、その上のランパンとはいていたが、手袋をはめていたので紐がほどけなく時間ロス、おまけに辛抱たまらん寸前まで我慢していたので多量の小〇。その間の1キロ6:40とロス。このままでは、イカン早い段階で挽回しないと…、と思い右に左に位置を変えて追い抜く追い抜く、ペースを4:40まで上げていった。やっと4:59の平均ペースになったのがハーフも過ぎた地点であったか…。まだその時点ではそんなにダメージもなくいつものペース以上に来ていたのでこれはひょっとして…と思ってしまった。

後半の折り返しを過ぎてから向かい風が吹いてきた。また後半は若干ながら登りが多いコースなので35キロくらいまでは騙しながら走ってきたが、この辺りから向かい風もきつくなり、顔も徐々に歪んできた。4:59が刻めなくなり5:05、39㌔からは5:12となり最後の坂ではとうとう5:20まで落ち込んでしまった…。


やっぱり、今回のレースの失敗は、早くスタートポジションに行ってしまった事。やはりぎりぎりまで待って、トイレを済ませておくこと。これは鉄則と思った。そうしたら前半の挽回ペースでいかなくてもよかったし、後半も余力を残せてイーブンで走れたかもしれない。


次は加古川に向けて反省点を活かすことにしよう!
レースの運営は全く非の打ちどころがないくらい素晴らしい。
帰りの車の誘導もガードマンでしっかりできていた。
難を言えばTシャツのデザイン。ボク的にはイマイチ。フクシ汁も美味しかった。

うーん…またもや落選…

大阪マラソンに続いて、東京マラソンも落選してしまった…。ウーン。この虚脱感。やはり、人気大会は、厳しいですなぁ。まだ、そういう人気大会にエントリーしたのは2回だから仕方ないですね。

めげずにまた来年もエントリーします。次の期待は京都マラソン。地元だけに、今度は…と思うがこれも3倍強の倍率とか。落ちても仕方ないか。落選・落選で受験生の娘にはあまりいえないですよ。

でも1ヶ月強に迫った福知山マラソンで無念さをぶつけたい。やるぞ!サブ3.5!

かなり、厳しいと思うが、チャレンジをしたい。

 

今月(H23.9)の走りは…

今月は、丹後ウルトラの月だった。当日は、暑くスタート時でも25度湿度87%で蒸し風呂のような気候だった。

しかし、初めての100キロウルトラですこし興奮気味だった用に思う。またそれがこうじてか、前半をとばしすぎで後半がばて馬手でゴールは12時間36分と11時間台の目標がクリアできなかったのは悔しい。しかし、これはまた来年にとっておこうと思う。

9月の初めは台風のため、走れなかった日が続いた。また、出張・会議などで思うような走りも出来なかった。走った日16日、走行距離313キロ。丹後ウルトラのあとも、後遺症で3日お休み。それと同時に台風の雨などで4日間も走れなかった。仕方ないとも思うし、プラス思考で、いい骨休みになったとも思う。

次のレースである、福知山マラソンに向けて10月ははじめての400キロクリアをしたい。でも、福知山で目標の3時間30分をきりたい。そのためのスピード練習もしなくてはとも思う。

すこし心配なのは、股関節部分の痛みと言うか、うまく抜け切れていないのが…ストレッチをしっかりやっていこうと思う。

 

 

第11回歴史街道丹後100キロウルトラマラソン

前日の開会式の模様

スタート前

午前1時40分に起床。(目覚ましなしで目覚める)昨日は夜9時過ぎに就寝。しかし、1時間30分くらいで目が覚めてしまった。それから、1時間くらい寝付けず、12時前にまた寝付いたようである。しかし、寝たという気分ではなかった。2時前になったので、起床、すぐに切り餅を5個オーブントースターに入れて砂糖醤油で食べる。そして、インスタントの味噌汁、オレンジジュースと牛乳をブレンドし飲む。勝負服に着替えて気分を入れ替えて、気持ちをレースモードへ。いよいよ、2年前に夢の目標に設定した100キロウルトラに出場するときが来た、という感慨に少し浸る。

でも、出場は誰にでも出来る、15000円払ってエントリーしたらいいのだから。完走というか、ゴールできるまでになるためには、それなりの努力をしなくてはいけない。ただの思いつきでは、3日坊主になってしまう。それを継続するための固い意志を持たなくてはいけない。人がどうであれ自分は自分だ、やるんだ、という意志が必要である。走りたくて走りたくてうずうずしたなんてことは一度もない。ただ、習慣になってしまった…。というほうが適切だと思う。

でも、モチベーションを高めるためには、ランニングシューズを買ったり、ウェアを買ったりした。そんな楽しみも走るための誘導作用にはなった。56にもなって、若者のファッションが出来るのは走るときだけで、気分一新もよかったのでないかと思う。レースに戻ろう。3時15分になったので、マイカーで家を出発。会場近くの川端の駐車場に入れようと思ったらすでに満杯。すこし遠い網野グランドに行くように指示された。シャトルバスが出ていたので、乗せてもらい会場の網ティ丹後へ。大体4時前くらいであったか。まもなくスタート式が始まった。

坂本さんと徳光さんのトークで、緊張のムードを和やかに。「ニューヨークへ行きたいか!」「おう!」と会場の盛り上がり。「自分で行けー!」と徳光さん。みんな大笑い。いよいよスタート、カウントダウンが始まり号砲とともに大群が動き出す。

結構前のほうに位置したと思うのになかなか動けなかった。ゆっくりではあるが歩き、スタートラインを通過、暗い街の中に走り出した。こんな時間なのに、「いってらっしゃあーい」と声援をおくってくれるおばっちゃん達。ほんとに雰囲気を楽しみしばらく走る。

100キロコース最初の一キロのラップが7:11と予定の7:00より若干遅い。しかし、スタートのロスがあったからそれはまぁこんなもんかと思い気にもしなかった。しばらく6:40秒台のペースで走る。磯の海岸を走っているときだったか前を走っていた女性が転倒した、幸い怪我もなくすぐにまた走り出したのでよかった。

暗いのでより注意しながら走る。最初の難所七竜峠を難なく通過、浜詰めのエイドも通過、サンカイカンもボトルにドリンクを入れてもらうだけで通過、やはり今朝は暑いのか、もう準備した700ミリがなくなった。いよいよ久美浜の町に入ってきた。市役所の〇〇君が走路員をしていた。声をかけたらビックリして笑っていた。

街中に入ると声援が増える。それでと言う事なのかペースが少し速くなってきた。応援の中からランニングの先輩の同級生から「おっ、〇〇君!(時計を見て)すこし速いと違うか?」と指摘された。冷静な読みであった。自分でも速い、飛ばしすぎとおもいながらついつい流れに任せて走ってしまった。

ウチの娘と家内が声援してくれた。ちなみに15キロから25キロまでは1時間をきっていた。久美浜の街を通過して小天橋へ。身長が150センチもないような女性が、長いジャージをはいて走っていた。このピッチでこの格好で100キロ走れるのだろうか?とすこし心配をする。勝手な取りこし苦労か…とも思う。

小天橋の村の中を走る。さすがに選手の宿舎となっている民宿街なので60キロの選手民宿の皆さんの声援がある。陸上部の後輩たちが審判をしている第1関門臨海学校後を無事通過。みんな、ビックリしていた。

箱石に入り、去年梨をいただいた〇〇さん所にきた。今年も私設エイドで梨を提供していたが、残念ながら一個もなかった。奥さんがちょうど忙しそうに家の中へとりにいくところであった。残念…。

行きに通り過ぎた浜詰エイドに今度は寄ってバナナなどをいただく。職場の仲間がボランティアで出ていてエールをもらう。そして塩江から2回目の難所七竜峠。オーバーペースが少し来たのか結構行きとは違う辛さが襲ってくる。ちょっとしんどいし、歩くか?と思ったら頂上に来た。(40キロ)そこで、また塩など補給して下りに入る。磯の漁村を通り、途中でサポートしてくれている妻に暑くなったのでノースリーブのランニングに着替える。

記録の詳細次のエイド浅茂川漁港のエイドに着く。ここでは職場の仲間3人がうどん係りでボランティア。「ダブルで行きましょうか?」といったので「いやいやこれで」という。ファイテンで足をマッサージと思ったがそんなまだ余裕がなかったので、走り出す。

網野の街中を再び走り、弥栄町へ。途中島津のエイドで職場の仲間のエールを受ける。それから、あじわいの郷の公園を1周。これが結構しんどい。登りがある。ランナーには目もくれず一家で遊んでいる。まぁ仕方ないか、と思う。そうだったらもっと村の中とか走らせて欲しいなと思う。あじわいの郷をでて、鳥取の村の中で、妻の叔父さん夫婦の声援をうける。「先はまだまだ長いぞー!ガンバレー!」と。「クソー、一番わかっているのにしんどいのにそんなこと言うか!」と思う。ここでやっと50キロ、半分くらい。

やがて、第2関門の弥栄庁舎に到着。ここでも、頭に水を3回ほどかけて、バラ寿司をいただき、バナナ・塩を補給、スタートする。しばらく、弥栄町の平坦地をはしる。晴れの合間をぬって稲刈りのコンバインが動いている。時折、ゆるい風にのって稲刈りの匂いが鼻に入る。残りやる気も80%を使い果たしたという感じ。約65キロ地点。吉永のエイドからすぐに依遅ケ尾の登りに入る。

後のことを考えたら、ここでは無理はしないほうが…という冷静な考えは最早ない。皆が歩き出しているのだから自分も歩いたらいいヤ。という甘い考えが先に出てしまった。このころだったか、妻にエアーサロンパスを足にふかしてもらうようになった。これが結構気持ちいい。少しだが走れるようになった。やっと峠に到着。

今度は転げ落ちたほうが速いと思うような下りが続く。足に衝撃からくる痛みが辛い。おまけに長距離を走っているので足が膨張し、縛っている靴紐にランナーズチップをつけているがその負荷が足の甲上部に当たっているので痛くなってきた。坂道の衝撃による痛み、チップの痛みに耐えながら苦しみながらくだりをクリア。

宇川保育所の第3関門に到着。そこでは、もう横たわって困憊のランナーもいるし、高校生にマッサージをしてもらっている人、徐々に辛さというか、この苦しみに闘っているランナーの雰囲気が全体からわかる。辛いのはみんな同じ、と思って水を頭にかぶってまたすこし栄養補給して走り出す。

平地が続いて欲しい、と念願。平地ならなんとか7分30秒くらいで走れる。辛さにも耐えられる。しかし、そうはいかなかった。宇川の橋を渡ると第2の難所の峠にさしかかった。またまた続く急坂登り。歩きしか最早エネルギーはない。歩いて歩いてとにかく早く歩いて頂上へたどり着こう、という気持ちだけだった。

でも、頂上近くだったか、天気もよかったので途中展望が開けて日本海が見える景色は最高で、心が一瞬ではあるが癒された。思わず、おう!と叫んでしまった。

頂上にたどり着いたと持ったら、また来た急な下り坂。後ろ向きに下っているふざけたヤツがいるなぁ、と思ったら足を故障から守るためにやっているんだ、とわかった。苦しいのはみんな同じ、でも自分にはあんな事はできないし、こんなへとへとの足にやったこともないことをやる冒険心はなかった。

このまま、足をだましだまし走るしかない。妻にエアーサロンパスを吹きかけてもらう事が一番よかった。2度の難所をクリアしていよいよR178に出る。職場の仲間が走路員をしていて、声をかけるとビックリした様子。R178の旧道に入って、また後半第3難所の乗原峠(?)が始まる。

ここでは、すこし傾斜もゆるく感じたので、ゆっくりでも走ろうと思い、3分の一くらいは走り続けた。下ると遠くに丹後庁舎の灯台の屋根が見えてきた。いよいよ、ゴールの雰囲気が感じられるようになった。途中の交差点で職場の仲間が走路員をしていた。自分の頭では丹後庁舎がすぐそこに見えるのに、そちらではない方向へ行けと指示をする。「えーまだそこに行かせてくれないのかよぉ!」とうらぎられたようなショックな気分を抑えられなく、辛い顔を見せてしまった。

宇川の河口付近の田んぼが広がる直線を走る。てんきてんき村付近では多くの沿道の皆さんの声援をいただく。やっと丹後庁舎最後の関門に到着する。頭に水をかける。気持ちがいい。もう、完全にクセになってしまっている。脳を騙して走れるように指令を出してもらっている。

そこでは、つみれ汁があったけど、やっぱり去年同様食べられなかった。すぐに、そこを出発。間人の街を走る。外れのエイドの近くで60キロに出ている一つ年下の〇君発見。歩いていた。追い抜くときに声をかけようか、と思ったが、どうかけていいのかも思い浮かばず、通り過ぎる。

エイドで職場の仲間のエールをいただき、またスタート。いよいよ最後の10キロ。根性を発揮するところ。自分との闘い。ペースは遅くとも平地で歩きは絶対に入れたくなかった。振り絞って走り続けた。R178から三津の集落へ入る。いよいよ去年完走の目標を無残にも打ち崩された三津の坂に来た。

チラッと上を見た、しかしそれからは足元に目をやり上を見ないようにゆっくりでも一歩ずつとにかく走る、とにかく走ると思い、やっと三津小学校のエイドについた。去年、ここのおしるこをいただいて元気がでたので、今年は2杯食べる。元気が2倍復活するかと思ったが、そうはいかなかった。また、水を頭にかけ、少しののぼりを上がり、下りを走る。

もう、ここまでくると声援も「あと、もう少し〇㌔だ、頑張れー!」という声援が増える。でも、さっきの所でも距離は同じ、いったいほんとは後何キロなのよ!と心の中ですこし怒りながら走る。

鳴き砂会館のエイドに到着。ここでも水を頭からかぶりスタート。掛津の坂を登ると思ったら、国道から左に入るコースに変更になっており、このゴールまえになって何でこんな遠回りさせるの?しかものぼりをいれるなんて…。とまたまた、心の中で怒りながらはしっていたら、妻の妹達と姪っ子が応援してくれた。やはり、自分のために声をかけてくれる応援は嬉しいと思う。

最後の坂を越え、いよいよゴールの網野の街へ走る。あと4キロ弱。ゴール目前の最後のエード付近で抜いたと思った〇君に抜き返される。クソーと思って何とかついていってゴール前で逆転しようと思ったが、差は広がるばかり。悔しいが仕方ない。ゴール前で大会ボランティアたちがタッチで迎えてくれる。もう、少しでゴールだ!と思ったらペースがすこしだけど上がってくる。

ゴールする選手を紹介するアナウンスが流れている。自分も紹介してくれるだろうか?とすこし心配する。ゴール直前で№カードと名前を読んでもらえて、ゴール。

ランネットの速報「やっと、ついたー。という充実感というより、安堵感が先に来た。よかったぁー…」と。完走メダルを首にかけてもらって長いすに腰をかけてチップを外す。もう、チップを外す力もろくに残っていない。やっとの思いで外し、返却箱に入れて、妻とすこし話をして着替えをもらって更衣室に向かう。

ゴールしたら楽になれると思いきや、下半身の痛みは強く感じられ着替えもろくにうまく出来ない。時間をかけてやっとの思いで着替え、忘れ物に注意して妻の待つところまで歩く。妻は、大会から送られたサービスチケットで食事をしようと思っていたようだったが、そのチケットを自分が持っているとおもっていたらしく、勘違いで食べられなかった。

すこし、気まずかったが、悪かったなと思いながら妻に駐車場まで送ってもらって自宅まで運転して帰った。

改めて感じたこと。それは100キロという距離は生半可ではないこと。努力をしなくては、走れないしゴールできない。しかし、少々の努力では絶対に無理。今回の自分の挑戦で、走る前は多分大丈夫完走できると高をくくっていたが、甘い。

100キロを走る努力はもちろんしなくてはいけないが、さらに苦痛に打ち勝つ辛抱というか忍耐力が必要なのかと思う。それと、一人では困難に立ち向かう元気はでない。やはり、家族そして多くのサポートのエイドの皆さん、そして街頭の声援をくれるみなさん、さまざまな人のお陰をもらって自分の目標を達成できた事、を忘れてはいけないと思う。

完走メダルだれでも、100キロ走れたらすごいだろうなぁ、と思う。しかし、それを実行に移そうと思うと勇気がいる、さらにそれを継続しようとする人はぐっと少なくなる、そしてトレーニングを重ねた上に参加してもすべてが完走できるというわけでもない。当日のコンディションもあるし、体調もある。

すべてを自分なりに受け入れて前向きに考えて立ち向かうものに辛抱の力、忍耐力が与えられるのではないか、と思った。それを実行できたものに、賞賛が与えられると思った。

今年の100キロ初挑戦はゴールをする、という最低限の目標はクリアできたものの、自分なりの感動のゴールにはならなかった。それは、自分のなかに甘さがあって当初の自分のペースを守れなくレースをしてしまった事、また他人も歩いているのだから自分もあるいていいんだ、という甘い考え方、言い訳をする自分が頭をもたげた事。

来年こそ、すべてをクリアできるような、レースをしてみたい、そしてまた新たな感動に浸りたいと思う。ありがとうございました。

久しぶりに投稿

9ヶ月ぶりに投稿します。今年の1月早々に不覚にも風邪を引いてしまって1週間くらい休んでしまった。それがきっかけになったのかブログともしばらく遠ざかってしまった。でも、完治してからは、またランニングしている。 それなりに、レベルも多分上がってきたと思う。総括をしてみると 1月 走行距離 179キロ 2月 走行距離 332キロ 3月 走行距離 309キロ 4月 走行距離 332キロ 5月 走行距離 251キロ 6月 走行距離 354キロ 7月 走行距離 360キロ 8月 走行距離 326キロとそこそこ距離をこなしてきました。

3月にシーズンの初レースにと思っていた多可町の粋明湖マラソンが震災で中止となり、5月の麒麟獅子マラソンが初レースとなったわけだが、1週間前に持病の尿管結石がでて、出場しようかどうか大変悩んだが、2日前の体調が回復してきたのでとりあえず出る事にした。 ハーフマラソンタイムは、1:46:32で体調不十分のわりにベスト更新。

6月には、丹後ウルトラ100キロの練習をと思って、みかた残酷マラソンに出場。24キロを2:11:24で完走。でもこのコースはほんとに残酷だった。私のような、平坦コースしか走っていない人間にはホントに辛い試練また辛抱だった。

丹後ウルトラ100キロに出るならもっともっとハードにトレーニングしないとダメだよといわれているような気がした。

でも、地元の皆さんの暖かいこころが癒されるような歓待を受けてホントによかった。コースは辛いけど、参加してよかったと思った。

それからというもの、20キロ以上走るときは、極力峠走を入れるようにした。8月末の休日には48キロのロング走をした。そこそこの体の疲れ具合も体験できて、100キロのイメージも出来た。

あとは、体調と天候とモチベーションを高めていくこと。ランニング2年間の総決算を丹後ウルトラ100キロで表現したいと思う。幸い天候は、曇りとの予報であり、実力を発揮できる状況にはあるかな??…。

できる努力はしてきた。あとは、神のみぞ知る!

 

謹賀新年 でもやっぱり降りました…

新年明けましておめでとうございます。

今年は、頑張って記録更新をさらに進めていきたい、と思っています。

具体的には、マラソンはサブ3.5、ハーフは1時間40分台、そして丹後ウルトラ100キロに出場し、完走すること。

マラソンサブ3.5はなかなか達成が難しいかもしれないが、挑戦してみたい。

出場予定は、フルは大阪、福知山、加古川にしてみようと思う。ハーフは翠明湖、麒麟獅子、神鍋高原、そしてウルトラは地元丹後100キロ。

ということで、3月までは冬眠状態。正月早々からこんな状況だから走りもできない。

ほんとは、冬は走りこみをすることがいいのだろうけど、天候がこんなかんじなので思うようにいかない。

すこし、イライラが募るこのごろ。しかもお正月なので、多分ウェートオーバーになる可能性大。

道路の雪が解けたら少しでも走れるようにしていきたいと思うが、道端には除雪した雪が残るので注意しないといけない。なかなか大変なのです。